創価学会員として生きていく

波田地克利を中心とするグループ、創価学会元職員3名ら福岡大祐のグループ、宮川日護(雄法)らの本性をあぶり出し、反面教師としながら、創価学会員として生きていくべき道を追求します。

野原善正氏をめぐる波田地グループの策動

それは昨2019年の参院選をさかのぼること1年、奇しくも、野原善正氏が沖縄県知事選に便乗して、英雄気取りで三色旗を振り回していた2018年9月30日のことでした。

波田地克利のグループは、その野原氏を利用する手立てについて謀議を巡らしていました。

「野原さんでもいい」

かつて波田地グループの中心的なメンバーたちが、立憲民主党有田芳生参議院議員との連携を模索していた事実については、以前、紹介しました(詳しくはこちら)

その際、誰からの紹介で有田議員と繋がるか議論になると、波田地は言いました。

「野原さんでもいいんじゃないの」

これにメンバーも「今、野原さんから繋がるのが旬かもしれないですね」と応じます。

さらに、その場では一人のメンバーから、現状では自分たちが「あぶれ者集団」にしか見られないと危惧を吐露すると、波田地が切り返しました。

「だから、それ、何かつくればいいわけでしょ。野原さん通じて申し込むなら、野原さんも巻き込んだかたちで」

波田地が言う「それ」とは、“「あぶれ者集団」に見られないための隠れ蓑”のことです。

その隠れ蓑に、ついでに野原氏も利用しようと、波田地は目論んでいたわけです。

といっても波田地は、野原氏の人となりを何らか評価して、こう言っているのではありません。

単に「今、野原氏が世間で目立っているから」というだけにすぎないのです。

それにしても「野原さんでもいい」「野原さんから繋がるのが旬」とは、ずいぶんと尊大な言いようではありませんか。

波田地らにとっては、野原氏もまた“使い捨ての道具の一つ”にすぎないのです。

二見が共産に話をつけた?

一方、野原氏が2018年の沖縄県知事選で三色旗を振りかざすに至った舞台裏については、公明党の元副委員長・二見(ふたみ)伸明が一枚噛んでいるという話があります。

近年、二見は「赤旗」紙上にも何度も登場し、提灯は持つわ、太鼓は持つわで、歯の浮くようなお追従を並べ立てている、ゴリゴリの日本共産党シンパです。

話によると、この二見が沖縄県知事選の最中、“学会員に三色旗を振らせればインパクトがある”と考えつき、しかし、いきなりやって迷惑がかかってはいけないと、日本共産党を通じて打診して、“ぜひお願いします”という返事だったため実行に移った、といいます。

このいきさつは、波田地グループのメンバー・武谷勝法が二見と東京で会った際に聞いたそうですが、しかし“二見の言うことは眉唾”と見る向きも昔から強いようですので、話半分と控えておいたほうがよいでしょう。

それにしても、否応なく浮かび上がってくる【波田地グループ─野原─二見─日本共産党】ライン──これを裏付けるかのように二見は、2019年の参院選期間中、野原氏の応援弁士として2度にわたり街頭演説に立っています。

また、野原氏の街頭演説は信濃町でも行われ、武谷勝法・ひろみ夫婦や石黒広信の妻をはじめ、東京のMやH、埼玉のY、千葉のS等々、波田地グループのメンバー複数名が取り巻いていました。

野原氏の利用価値

しかしながら、野原氏が砕け散った参院選から1年、野原氏をめぐる環境も180度、変わってしまったようです。

東京都知事選について、「反創価執行部という、そういった方向性が、なんか、まったくなかったですよね」と嘆く野原氏は、「れいわは、やっぱりあの、反創価執行部、それを原点にしてですね、まとまらないと、なんか底力が出ないんじゃないか、みたいなね、そういう感じはしてますけどね。やっぱり日蓮から離れると、パワーもらえないんじゃないですかね」とまで言い出す始末。

さらに、次期衆院選に向けては、こう皮算用をはじきます。

「沖縄4区(で立候補する)って方法もあると思うんですけど、オール沖縄との調整があるんで、オール沖縄がオッケーしてくれないんで、沖縄はやっぱり無理だと思いますね。出るとしたら東京」

「東京の比例単独のね、名簿に載せてもらえると、本当にありがたいですけどね」

この規格外の勘違いぶり、「現実」すなわち「自分自身」が見えていないにも程があります。

まともな感覚の持ち主なら、“この人とは、これ以上、関わらないほうがいい”と考えるのも無理はありません。

しかし一面、野原氏がこうなってしまうのも、致し方ないのでしょうか。

れいわ新選組の“七光り”で分不相応なチヤホヤにあてられ、持ち前の英雄願望が急激に膨張した挙げ句に破裂し、妄想と現実との区別さえつかなくなってしまったようです。

昨年12月の時点ではTwitter日蓮仏法の魂魄は、最早、公明党や学会には存在しません。今や、日蓮大聖人の血脈は、れいわ新選組に流れ通っています」との大確信を披歴していた野原氏でしたが、2020年7月、れいわ新選組は野原氏から提出された離党届を受理し、離党を承認しました。

この時点で、冒頭で触れた波田地グループの言いっぷりからすれば、さしずめ「もう、野原さんは旬を過ぎましたからね」といったところでしょう。

野原氏の未練

ところが、野原氏はいまだ未練たらたらのようです。

2019年の参院選、目の前で現実のものとなった新人国会議員2人の誕生が、野原氏をして“自分にも十分に赤じゅうたんを踏む可能性があった”と目をくらませたのかもしれません。

今夏のオンライン集会で、波田地が野原氏について「野原さんは『波田地とは付き合いたくない』って言ってるらしい。『金原、波田地とは付き合わない』って」と切り捨てていた事実は前稿で触れましたが、しかし、その後も野原氏サイドの人物が、波田地サイドに接触を図っているようです。

そして、野原氏は8月14日、性懲りもなく次期衆院選に立候補すると公にしました。

さらに、波田地らとのオンライン会議に参加する予定だとYouTube上で語る人物に対して、「楽しみですね」「まあ、よろしくお伝えください」「波田地さんにも、金原さんにもね」と応じる野原氏。

もはや依るべき先を失い、とはいえ喉から手が出るほどの議員バッジへの妄執に取り憑かれたまま、傷心の果てに藁にもすがる思いで自ら膝を屈してきたとなれば、波田地にとって、これほど御しやすい操り人形はいないでしょう。

腹の内では嘲り笑いながら、面白おかしく当て馬を演じさせ、それでもやはり利用価値のないことがハッキリした暁には、またポイ捨てすればよいだけのこと。波田地は痛くもかゆくもないのです。

それは、大義のための「歩み寄り」や、相違点を包み込む「度量」などではなく、単なる「利用」であり「野合」であると言うしかありません。

波田地の詐術と野原氏への悪評

なぜ波田地と野原氏が互いを求め合うのかのチープさは、お分かりいただけたかと思います。

参院選の際、薄っぺらな張り子の虎を神輿に担いだ波田地は、その“宗教上の意義”を、こうメンバーたちに説きました。

「この2019年に、創価学会は絶対、壁にぶつかるぞって、もう10年前から言ってるんです、こっちは。もっと前から言ってるかもしれない。

で、その通り今、最大の壁にぶつかってるでしょ?

全然予期してなかった、あの『れいわ新選組』のあんなね、何か、初めてじゃないですかね。

気持ちよく陣中見舞いもあげたくなるし」

「僭聖増上慢っていうのが、単なる宗教的権威だけじゃなくて、それが政治権力と結託したというところに僭聖増上慢の一番の根本があるわけで。

その意味で、政治権力との戦いも僭聖増上慢の戦いの中に絡んでくるんですけどね。

その戦いを今、参議院選というかたちでね、我々がやろうとしていて、ここに集う人たちが、もうみんな、すごい決意で『ハガキ出すぞ』とかね、『ビラ配るぞ』とかね。

ポスターもまだ張り切れていないみたいなんで、特に八王子とか足立区とか、いくつかね、そういうのを、まあ、お手伝いできるのであれば、やっていきたいと思います

いかがでしょうか。

「野原さんでもいいんじゃないの」といった軽いノリと、「僭聖増上慢の戦い」──このギャップを悪びれもせず平然と乗り越えてしまえるところに、波田地が繰り出す詐術の本質とバカバカしさがあります。

つまりは「無信心」であり「口から出任せ」なのです。

寄せられた情報によれば、野原氏をめぐっては今や、波田地グループ内でも悪評紛々のようです。

次期衆院選に向けて、波田地がまたぞろ、いかなる出任せを吐いてメンバーたちを駆り立てるのか、また、野原氏がいかに波田地らを前に這いつくばうのか、今後も注視していきたいと思います。