創価学会員として生きていく

波田地克利を中心とするグループ、創価学会元職員3名ら福岡大祐のグループ、宮川日護(雄法)らの本性をあぶり出し、反面教師としながら、創価学会員として生きていくべき道を追求します。

座談会御書→自活サイト→自活座談会&LINE→波田地グループ

創価学会員が毎月学習する「座談会御書」を入り口として「自活サイト」に縁させ、“悩み相談室”であるかのように油断させておいて、リアルなつながり「自活座談会」へと引きずり込み、やがてはグループへの取り込みを図る──波田地グループが新たな同調者を絡め取るために仕掛けているカラクリを概観してきました。

本稿では、そこに秘められた「本心」を明らかにしておきたいと思います。

自活サイトをめぐる金原の自作自演

愛知の中心的なグループメンバーKは、波田地グループの番頭格・金原(きんばら)明彦から直接、「自活サイト」の構想をオープン前から聞いていた一人です。

そのKが、サイトがオープンした後の7月に行われたオンライン集会で、このように参加者の一人へ話を振ります。

「それではですね、ここでですね、え〜っと、有力サイトを見つけた、“いいところがあるよ”っていうところを見つけた人がいらっしゃいますので、え〜、そのサイトの紹介をしていただきたいと思います。じゃ、東京のビワゴンさん、よろしくお願いしま〜す。なんか、とってもいいサイトを見つけたそうですね」

まるで自分は、サイトの存在を露ほども知らないかのような口ぶりです。

呼びかけられた「ビワゴン」が、どのような人物かというと、古参メンバーの一人で、“ろくに働きもしないでいるから非常識になるんだ”と多くのメンバーたちから批判されていた波田地克利に、アルバイトのような仕事を世話してくれたのが「ビワゴン」でした。

そのビワゴンが応えます。

「今、お話ありました、え〜、いいサイト見つけましたっていうんですけども、え〜、アルファベットで『JIKATSU』って書いてますけども、『自活』と呼びますかね、『創価自主活動支援サイト』というのが、実はちょっと前からできてるみたいです」

「で、そこのサイトは何を目的にされているかっていうと、ま、今のね、組織活動にちょっと何か違和感を感じるなっていう方が、え〜、何か昔の創価学会、自分の知ってる創価学会ってどんなんだったっけっていうのを探ってるうちに、何か有志で作られたサイトだというふうなことみたいです」

この“言わされてる感”満載のたどたどしさには、どうにも胡散臭さが漂います。

さらに、これに波田地が「自活っていうのは見たことありますかね? 皆さん?」 と合いの手を入れるのですが、この時、波田地は何を隠そうビワゴンと同じ場所におり、互いに別の端末から参加していたとくれば、なおさらでしょう。

ビワゴンは続けます。

「JIKATSU、NET、え〜、これですね、これをぜひ見ていただければなと思います」

「ぜひですね、これはいいなと思ったら、ぜひ皆さん、投稿できるらしいので、投稿していただいて」

舞台裏を知った者からすれば、いかにも白々しいやりとりですが、これにダメを押したのが金原でした。

「今さっき紹介があった、あの自活サイト、なかなか秀逸なサイトなので、えっと〜、いろんな人に紹介したいなと思って、えっと、URLとかつけて送ってあげてもなかなかやっぱ見ないので、え〜、こういう名刺サイズでですね、ここにQRコードつけて、これを渡してます。これを読むとすぐスマホで読めるので、結構みんな読んでくれます」

さらに金原は、2日間にわたった集会の2日目でも「自活サイトっていう、なかなか優れもののサイトができあがっておりまして。僕も何度も拝見しているんですが」などと、まるで第三者のように語っていました。

もはや、何をか言わんや、です。

“そのうち「自活サイト」ができあがります”と予告し、“最初は内部だけで見られるようにしておき、コンテンツが充実してくるのを待って公開する”と計画を語り、「池田基金などと称して運営費を徴収し、「座談会御書」コーナーをキラーコンテンツと位置づけて“「座談会御書」で検索する人が非常に多いので、サイトの「入り口」としてやる”と種明かしをし、“ネガティブなものは一切排除する”と決め、「駆け込み寺」「悩み相談室」に譬えていた金原。

その金原が、「なかなか秀逸なサイト」「僕も何度も拝見しているんですが」とは、よく言えたものです。

それでいて宣伝せずにはいられないのですから、滑稽この上ありません。

なぜ、自分たちが立ち上げたサイトであることを堂々と明言しないのでしょうか。

そこには“波田地グループのサイトと知られたら相手にされなくなる”という、グループそのものに対する自虐的確信が潜んでいるように思えてなりません。

こうした猿芝居を演じること自体、「自活サイト」が薄汚い欺瞞と作為で覆い隠された“罠”であることを裏付けています。

個人情報を暴露して退路を断つ

「自活サイト」で引っかけた新顔を、本格的にグループへと絡め取る草刈場が「自活座談会」です。

「自活座談会」は現在、自身の素性を知られたくない人に配慮し、「顔出し・声出し無しで、視聴のみの参加も可能」となっています。

これに対して、かねてから金原は、いわば「顔出し・声出しあり」派でした。

かつてグループの中心的なメンバーたちが、波田地グループの集会を、人脈中心の閉じたものとして行うべきか、あるいは広く参加者を募る世間に開いたものとして行うべきか議論した際、金原は“学会を除名になる覚悟で来てもらおう”と強く主張していたのです。

しかも、これまでの波田地の前歴に照らせば、そこに波田地がいる限り、完全な匿名などあり得ません。

その証拠に、8月のオンライン座談会では、さっそく波田地が“声出しNG”の参加者にまで発言を求め、本人に話をさせていたそうです。

波田地という人物が、人の秘密をバラすのが大好きで、どうにもこうにも黙ってはいられない習性の持ち主であることは、グループの中では周知の事実。

しかも、あえて個人情報を暴露することで退路を断ち、波田地グループのメンバーとして生きていく以外の選択肢を奪うのもまた、波田地の常套手段です(詳しくはこちら)

波田地は「自活座談会」を月に1〜2回程度、定期的に開催していくつもりのようですが、いくら「顔出し・声出し無し」を希望していたとしても、回を重ねる中で、やがてなし崩し的に参加者の正体がさらされるのは時間の問題でしょう。

LINEグループでメンバーを繋ぎ止める

多忙な日常に埋もれることなく、グループメンバーとして繋ぎ止め続けるには、「自活座談会」だけでは足りないと、波田地は考えています。

昨年(2019年)7月の集会で波田地は、このように語っていました。

「常日頃、連絡とりあっているということが重要で、今までメーリングリストをやったり、Twitterをやったりね、さまざまいろんなツールを使ってきましたが、今の主流はLINEなんですね。LINEのアカウントつくっていない方はつくっていただき、ぜひ、常日頃から繋がっていきたいと思うんですね」

「それで私、全国、旅してますけれども、無為徒食と言われていますけれども、実は、このLINEの地域ごとのグループを立ち上げるというのが、一つの目的がありましてね」

メーリングリストやLINEのようなツールを通じて日常的にねじ曲げられた情報や愚癡・文句・批判の類いを浴び続けることの危険性は、波田地が語るところの重要性と、表裏一体といってよいでしょう。

この点、「創価新報」で取り上げられていた波田地グループの元メンバーによる述懐は、教訓に満ちています。

「冷静に考えてみれば、波田地の話は、“誰々がそう言っているのを聞いた”など伝聞の類いばかりで、波田地自身が実際に見聞きしたわけでもない、いい加減なものでした。

波田地は、それをさも事実であるかのようにメンバーへ吹聴し、波田地の誹謗中傷に同調するように仕向けていたのです。

波田地の話について、その真偽を確かめる術がない私は、無批判に信じ込んでしまいました」

「その結果、池田先生の創られた学会の組織すらも軽んじたり馬鹿にする気持ちが芽生え、あろうことか、仏意仏勅の学会から除名されることが、仏法上、どれほど重大なことであるかも分別がつかなくなり、愚かにも波田地らの肩を持ってしまったのです」

波田地らのグループ活動とは、地道な学会活動を無意味なものだと吹聴する波田地の話がメンバーに“毒気深入”していき、広宣流布への『志』が奪われていく場だったのです」

善きにつけ悪しきにつけ、日々、いかなる「縁」に触れるかが本当に大切なのだと痛感させられます。

広宣流布への『志』」を日々新たにし、紛然と競い起こる魔性の罠に陥らぬよう自戒していきたいものです。