創価学会員として生きていく

波田地克利や金原明彦を中心とするグループ、創価学会元職員3名ら福岡大祐のグループ、宮川日護(雄法)らの本性をあぶり出し、反面教師としながら、創価学会員として生きていくべき道を追求します。

金原が責任転嫁する戦犯──「セルビア交歓会」後日談

波田地グループの番頭格・金原(きんばら)明彦が絵を描き、自ら仕掛け、そして、ものの見事に大失敗した代表例に、2018年の「セルビア交歓会」が挙げられます。

本稿では、その後日談から、金原の本性に迫ってみたいと思います。

「心の通った仲間」

「やっぱり意思の疎通ができてない人たちを、安易に集めても、こういうことが起きるんだなということで、ちょっと反省もしまして」

このように金原が殊勝に述べているのは、以前、このブログでもご紹介した、セルビアグループをめぐって表面化した内紛についてです。

金原は、セルビアグループの中心者・片野優と宮川日護(雄法)とを結びつけ、保田妙本寺の本尊が授与されるよう道筋をつくりました(詳しくはこちら)

ところが2018年、保田妙本寺での虫払い法要にあわせてセルビアグループが来日した折、10月19日に波田地グループなど日本の除名者らとの交歓会が行われると、保田妙本寺への参拝をめぐって会は荒れに荒れたのです(詳しくはこちら)

この会で騒ぎを引き起こした他のグループについて、金原は、このように分析します。

「事前に、どこまで詰めてたか分かりませんけども、この場所(=交歓会)を使って、そういうことを訴えようというふうに、連携をとっていたようです。

帰りのエレベーターでは、『作戦通りだったわね』っていう言葉も、漏れ、うちのメンバーに聞かれてますしね」

そして金原は、波田地グループのメンバーを前に、問題視している個人名まで挙げました。

富士宮の渡辺さんとかですね、東京で言うと、鎌田さんを中心とするというか、鎌田グループの女性陣何人か。

このへんが今一番、当面の問題になっておりまして。

僕個人としては、ああいうこの集中(攻撃)を受けたので、僕自身の心の通った仲間のところへは参加させたくないなという思いがあるんです」

つまりは、富士宮の渡辺さん」やら「鎌田グループの女性陣」やらは、金原にとって「心の通った仲間」ではない、ということです。

「エゴイスト」「魔にしか見えない」

このように槍玉に上げてもなお、金原の怒りは収まりません。

「『我々の考え方はこうだ』と言って、断固としてですね、曲げない人たちも、やっぱりいるんですね。

で、その結果が、この間のセルビア(交歓会)みたいなことになってしまったんですが、そういう危険性もね、やっぱりあるので」

「やっぱり思想・信条の問題とか、考え方の問題に、かなり根底的に格差がある」

「特に、鎌田さんとか、島村さんっていうのは、僕が見る限り、極めてエゴイストです」

ここに出てくる個々人について、いちいち解説するのは趣旨が不明瞭になるため差し控えますが、富士宮の渡辺グループについては、こうも語っていました。

波田「渡辺さんなんか、まさにね、もう、『金原に魔が入ってる。その魔を切ってやるんだあ』とか言って。(略)なんかねえ、そういう、なんかねえ、ところあるのよ。富士宮の渡辺さんたちの中には」

金原「通力、通力が好きなんだよね。通力、大好きなんだよ」

波田「ほんと、金ちゃんね、魔を切られた。今回、金原さんに入った、取り憑いた魔を切るために、彼らは立ち上がったんだから」

金原「俺には、彼ら、彼らが魔に、彼らこそ魔にしか見えないんだけど」

“戦犯”づくりに躍起の金原

最初の殊勝さは、どこへやら。

このように悪態を吐く金原ですが、そもそも、そうした面々をグループの輪に引き込もうと画策したのも、ほかならぬ金原です。

それは金原自身が、セルビア交歓会で騒動を起こした人々について、「ここ数カ月の間に、新たに、僕自身も繋いできた、呼ばれたりして行ったところから繋がった人たち」と説明している通りです。

戦犯を仕立て上げ、その非をあげつらい、口を極めて罵ることで、自身の責任逃れを図っているとしか思えません。

金原もまた「極めてエゴイスト」の誹りを免れないのではないでしょうか。